不動産投資は、物件を買った時でも、満室になった時でもなく、「売却して、すべての損益を確定させた時」に初めて完了します。
そして、その最終的な利益の大きさを左右するのが「税金」です。
同じ物件を同じ価格で売却しても、その物件が個人名義か、法人名義かによって、手元に残るお金は数百万円単位で変わることもあります。この記事では、不動産売却における「個人」と「法人」の税金の違いを徹底的に比較し、あなたにとって最適な出口戦略の描き方を解説します。
第1章:個人の場合:決め手は「保有期間」。「譲渡所得税」の仕組み
個人が不動産を売却した際の利益(譲渡所得)には、給与所得などとは切り離して計算される「分離課税」という方式で、特別な税率が適用されます。
最大のポイントは「保有期間」。売却した年の1月1日時点で、所有期間が5年を超えているかどうかで、税率が天国と地獄ほど変わります。
- 短期譲渡所得(保有期間5年以下)
- 税率:39.63% (所得税30.63% + 復興特別所得税 + 住民税9%)
- 長期譲渡所得(保有期間5年超)
- 税率:20.315% (所得税15.315% + 復興特別所得税 + 住民税5%)
結論:個人で不動産を売却するなら、5年を超えてから売るのが大原則。 短期で売却すると、利益の約4割が税金で持っていかれる、と覚えておきましょう。
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参考:国税庁 No.3202 譲渡所得の計算のしかた(分離課税)
第2章:法人の場合:他の利益と「合算」する。「法人税」の仕組み
法人が所有する不動産を売却した場合、その利益は、家賃収入など他の事業の利益とすべて合算され、それに対して「法人税」がかかります。
- 最大のポイントは「損益通算」 もし他の事業で赤字が出ていれば、不動産の売却益と相殺して、全体の課税所得を圧縮できます。これは個人にはない、法人だけの強力なメリットです。
- 税率 法人の規模や年間の所得総額によって異なりますが、実効税率は約25%〜34%です。個人と違い、保有期間によって税率が変わることはありません。
結論:法人売却の強みは、損益通算による柔軟な利益コントロールにあり。
関連記事:【不動産投資家向け】マイクロ法人設立のメリット・デメリットと、節税効果を最大化する3つのポイント
第3章:【シミュレーション】売却時の税金、個人と法人どっちが本当に得か?
それでは、具体的な数字で、どちらが得かを見ていきましょう。ここでは、物件を10年間保有した後に売却し、2,000万円の売却益が出たケースを想定します。
【シミュレーションの前提条件】
- 税計算上の売却益は、個人・法人ともに2,000万円とします。
- 法人はこの年、経費(配偶者への役員報酬やその他経費)として合計300万円を計上したとします。
- 法人の実効税率は計算を簡略化し30%と仮定します。
個人の場合(長期譲渡所得)
個人が10年間保有した不動産を売却した場合、「長期譲渡所得」として、他の所得とは分離して特別な税率で課税されます。
売却益 | 2,000万円 |
税率(長期譲渡) | 20.315% |
納税額 | 約406万円 |
売却益の手残り | 約1,594万円 |
法人の場合(会社全体の経費と損益通算)
法人の場合、不動産の売却益は「会社全体の利益」の一部です。そのため、会社で発生した他の経費と合算(損益通算)し、課税対象の利益を圧縮できます。
不動産の売却益 | 2,000万円 |
経費合計 | -300万円 |
課税対象となる利益 | 1,700万円 |
税率(法人実効税率) | 約30% |
法人としての納税額 | 約510万円 |
会社に残る利益 + 経費分 | 約1,490万円 |
この結果をどう解釈すべきか?
この、より現実的なシミュレーションでは、個人の手残りの方が法人の場合よりも約100万円多いという、明確な結果になりました。
これは、個人の「長期譲渡所得」の税率(約20%)が、法人税率(約30%)に比べて圧倒的に有利だからです。法人の経費計上による300万円の節税メリットを、個人の税率の低さが上回った形です。
では、なぜ多くの投資家が法人化を選ぶのでしょうか?法人の真の強みは、単発の売却益の税率だけではありません。
①保有期間が5年以下の短期売却の場合(個人の税率が約39%と高くなるため有利になる)、②売却益を役員退職金として受け取る(税制上非常に優遇されている)、③他の事業の利益と合算して利益調整できる柔軟性など、多様な選択肢を持つ点にあります。
結論として、「どちらが有利か」は、物件の保有期間やあなたの全体的な事業戦略によって変わります。出口戦略は、こうした複数の選択肢を組み合わせて考えることが重要なのです。
第4章:【結論】あなたの出口戦略はどうあるべきか?
シミュレーションの結果から、最適な出口戦略は、あなたの投資スタイルによって全く異なることがわかります。
■ 個人名義での売却が向いている人
- いわゆる「サラリーマン大家さん」で、他に大きな事業を行っていない方。
- 一つの物件をじっくり5年以上保有し、値上がりを待つ長期堅実投資スタイルの方。 長期譲渡所得税率(約20%)の低さは、個人にとって最大の武器です。
■ 法人名義での売却が向いている人
- 複数の物件を所有し、損益通算を柔軟に活用したい事業家タイプの方。 ある物件の売却益を、別の物件の修繕費や減価償却の赤字とぶつける、といった高度な税務戦略が可能です。
- 5年以内の短期で売買を繰り返す可能性がある方。 短期譲渡所得税率(約40%)は法人税率より遥かに高いため、短期売買なら法人の方が有利です。
まとめ
出口戦略とは、物件を購入する前から描いておくべき「投資の設計図」そのものです。
あなたが個人としてコツコツ資産を築くのか、それとも法人を設立して事業として不動産投資を拡大していくのか。ご自身の目指すゴールから逆算し、最適な所有形態と売却のタイミングを見極めていきましょう。
【免責事項】 本記事は情報提供を目的としており、個別具体的な税務アドバイスを提供するものではありません。税金の計算は、個々の状況によって大きく異なります。最終的な判断は、ご自身の責任において、税理士などの専門家にご相談の上で行ってください。
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